車夫と社会主義

提供: 日本社会主義文献類聚
ナビゲーションに移動 検索に移動
  • 社会主義者幸徳秋水(1911年没)による評論「車夫と社会主義」の全文である。
  • 底本:『日本の名著 44 幸徳秋水』中央公論社、1970年
  • 底本の親本:週刊『平民新聞』 第5号 1903年12月6日
  • 用字・仮名遣いは底本に従った。


車夫と社会主義

 自覚せよ。全国各地の車夫諸君。諸君の出あった暗い運命が、これからどうなっていくか、自分でよく考えてみるがよい。
 世人は、あらそって二十世紀文明の恩恵に浴することをよろこんでいる。けれども、諸君は、ほんとうにその恩恵に浴しているか。文明は、馬車になった。汽車にないった。電車になった。数里・数十里にひろがった。百里・千里にのびていった。そして、しきりに諸君を迫害しているではないか。諸君の仕事は、年々そのために掠奪されているではないか。諸君の生活の権利は、毎日そのためにふみにじられているではないか。諸君の頭上を圧迫してくるものは、とりもなおさず、家族の困窮・痛苦・飢餓ではないか。そして、その次にくるものが、堕落と罪悪でないか、とおそれている。諸君は、どのようにして今日の危機に対処しようとするのか。われわれは、こうした諸君の悲境に思いいたると、ふかく同情の念にたえない。諸君は、このさい、大いに考えなくてはならない。そして、さらに大いに奮起しなくてはならない。
 けれども、われわれは、諸君に向かって、汽車・馬車・電車に抵抗せよという者ではない。諸君が韋駄天いだてんの足をもっているのでなければ、人力車は、どうしても廃物になる運命をまぬがれない。諸君に公共の便利を尊重する気持があるならば、文明の交通機関に最終的には諸君の人力車と交代させなくてはならない。諸君が彼らに抵抗しようとしても、その大勢は、蟷螂かまきりが竜車にあたるよりも勝算はない。諸君は、きっとこのような愚行をしないだろう。それならば、諸君は、今日よりなにものをもってそのカジ棒にかえればいいのか。
 ある人は、諸君に向かって移住を勧告した。転業を勧告した。これは、わるい話ではない。しかし、諸君が一時に適当な移住地をさがしもとめ、適当な仕事にありついて、その効果をおさめるのは、容易でない。ましてや、これからの文明の進歩は、かぎりがない。文明の進歩にかぎりがなければ、諸君やその他の職工・労働者の失業する者がまた、くりかえし続出してくるのである。だから、かぎられた移住・転業の手段をもって、かぎりのない失業者に対応しようとしても、それで救われる者がどれくらいあるだろうか。また諸君が、どんな土地に移住し、どんな職業にかわったにしても、社会・経済の組織が無政府の状態にあること、依然たる今日のような日本では、文明の利器は、いつまでも諸君を追いつめ、競争の激流が、かならず諸君をおぼれさせずにはおかないだろう。移住・転業の手段のようなものは、たとえ実行が可能にしても、これは、ただ一時しのぎの応急・緩和の策にすぎず、けっして失業問題に向かって最後の解決をあたえる根本策ではない。諸君、大いに考えなくてはならない。そして、さらに大いに奮起しなくてはならない。
 もしそれ、諸君のために賠償金を出させようといい、救済の資金をあつめよう、というような議論もまた、わるいことではない。しかし、それが一時しのぎの応急・緩和の策にすぎない点では、同じことである。そして、諸君を待ちうける前途の運命は、なおハラハラさせるような危険な状態をぬけだせないでいるのではないか。
 さよう。文明の利器は、どうしても諸君の抵抗をゆるさない、移住や転業や救済や慈善は、どうしても諸君の人生を完成させるだけの力がない。それならば、諸君は、どうしてもその人間としての地位と生活の権利とを回復し、保全することができないのか。どうして、そんなことがあってたまるものではない。
 諸君、よく考えてみるがよい。そしてさらに考えてみるがよい。諸君は、いまや文明の利器のために、その仕事をうばわれ、その地位・権利をふみにじられている。けれども、これがどうして文明の利器そのものの目的であろうか。文明の利器は、これを所有し、これを使用する者に利益して、これに抵抗する者を阻害している。諸君にしても、その損害をまぬがれようと思うならば、みずからすすんで、これらの文明の利器を所有し、これを使用することを、どうして考えないのか。みずから奮起して、汽車・馬車・電車、その他の資本、および機械を所有し、使用し、その恩恵に浴し、その利益をうけることをどうしてしないのか。現在のいわゆる紳士や豪商は、労働の技能をもっていない。勤倹の美徳をもっていない。
 遊蕩で怠け者で、自分のからだをうごかそうとしないにもかかわらず、しかも、彼らは、ただこの文明の利器を所有するがゆえに、家に巨万の富をつみかさねて、美衣・美食にあきているのではないか。ましてや、勤勉で技能のある諸君が、奮起して文明の利器をその手中におさめたならば、どうして衣食のための生活を思いわずらう必要があろうか。どうして他人の慈善にすがる必要があろうか。どうして他人の救済にたよる必要があろうか。どうしてその不幸な運命をなげく必要があろうか。
 それならば、諸君がすべての文明の利器を所有し、使用する術策は、どうするか。ほかでもない。現在の経済組織を変革して、社会主義を実行するだけのことである。ひとり諸種の新機械ばかりでなく、土地と資本のすべてを今日のいわゆる紳士・豪商の手からうばいとって、諸君および社会全体の共有にうつすだけのことである。
 考えてみると、社会・国家の形成・組織されている根本理由は、すべて人類多数の幸福・利益にあるのではないか。そして、諸君、および諸君の兄弟である労働者は、まちがいなく、人類の多数をしめている者ではないか。
 もし諸君の多数が、一致・団結して、その主張の貫徹に努力したならば、だれがむりに、これをこばむことができよう。
 自覚せよ。全国各地の車夫諸君。諸君の出あった暗い運命が、これからどうなっていくか、よく考えてみるがよい。そして、永遠に諸君の地位と権利を回復し、保持しようと思うならば、いますぐ社会主義の旗じるしのもとにかけつけてきたまえ。
(週刊『平民新聞』5号・明治36年12月6日「自覚せよ車夫諸君」)


Public domainPublic domainfalsefalse
Public domain 日本を本国とするこの著作物は現在、パブリックドメインの状態にあります。なぜならば、環太平洋パートナーシップ協定の発行日である2018年12月31日時点で著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の死亡した日、あるいは匿名、変名、団体によって発行された著作物はその発行日の、いずれかが属する年の翌年から起算して50年を経過しているからです。

注意: 1956年12月31日以前に撮影された写真にはテンプレート:PD-Japan-oldphotoを、1953年以前に制作された映画にはテンプレート:PD-Japan-filmを使用してください。

Flag of Japan.svg