決議 東京社会主義者団実行委員会 1917年5月1日

提供: 日本社会主義文献類聚
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  • 1917年のメーデーに際して「東京社会主義者団実行委員会」が作成した、ロシア革命への連帯の意を表明した「決議」の全文である。「社会主義者団」は山崎今朝弥ら約30人の社会主義者による会合であり、ロシア2月革命の報に触れた社会主義者たちが6年ぶりにメーデーに小集会を開いたものである。高畠素之吉川守圀山川均が起草・提案したこの決議は全会一致で採択された。片山潜がアメリカ合衆国において発行していた新聞『平民』に「日本社会党の態度」(あるいは「日本社会党の決議」)として掲載され、片山と石川三四郎を通して「露都労兵団」(ペトログラード・ソビエト)をはじめ世界各国の社会主義団体に送付されたとされる。のちにリュトヘルス(ルトガース、リュトガース)が来日中に東京・横浜の社会主義者から受け取り、コミンテルン第1回世界大会で読み上げた「日本社会主義者の決議」は、この決議を書き直したものと推測されている。なお、『平民』に掲載されたものと官憲資料『特別要視察人物情勢一班 第七』に掲載されたものとで文面が若干異なるが、ここでは『平民』掲載のものに拠った。
  • 底本:山辺健太郎編『社会主義運動 一』(現代史資料 14)みすず書房、1964年。
  • 初出:『平民』20号、1919年5月。

決議
東京に於ける社会主義者の一団は、 メーデーを期して露国革命に対して深甚なる敬意と同情を表す。露国革命は一面に於ては、中世的専制政治に対する新興商工階級の政治的革命を意味すると同時に、他面に於ては、資本主義に対する平民階級の社会的革命なり。故にロシア革命の進路を指導して、社会主義の目的に向つてさらにその歩を転ぜしむるはロシア社会党の任務にして、同時にまた各国社会党の責任なり。各国の資本主義制度は、いまやその最後の進化的段階たる資本的帝国主義の爛熟期に到達せり。この時に当つて、各国の社会主義者は資本的帝国主義の心理に惑乱せらるることなく、国際主義の原則を確立し、権力階級の処に闘争力を転じて、その共同の仇敵たる資本的帝国主義を降伏せしむるは、万国平民階級の歴史的使命を全うする所以にして、各国社会主義者の任務なり。 故にこの機会に於て戦争即時終結の主張を貫徹し、交戦各国の平民階級を糾合して、その闘争力を転じて、一斉にそれを自国の支配階級に向けしむることは、ロシア革命にして、同時に各国社会主義者の責任なり。吾人はロシア社会党と各国同志の勇敢なる闘争に信頼して社会主義的革命の成功を望む!

一九一七年五月労働祭 東京に於て
日本社会主義者団


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