東洋社會黨々則

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  • 樽井藤吉によって起草され、1882年の東洋社会党結成大会で採択された「東洋社會黨々」の全文である。
  • 底本:田中惣五郎『東洋社会党考』一元社、1930年。

東洋社會黨々則

第一章 綱領

  • 第一條 我黨は道德を以て言行の規準となす
  • 第二條 我黨は平等を主義となす
  • 第三條 我黨は社會公衆の最大福利を以て目的となす

第二章 手段

  • 第四條 我黨は綱領の主旨を演繹して遊説演説等をすることあるべし
  • 第五條 我黨は平易なる和文の雑誌及漢文の雑誌を發兌し支那朝鮮へ我旨趣を擴充するを務むべし

第三章 盟約

  • 第六條 我黨は黨員相互に左の誓を爲すべし
    予は諸君と此社會黨を團結し、諸君と共に我黨旨を擴張するは、諸君予をして此社會黨に同盟せしめたるに非ず、又予が諸君を誘導せしに非ず、諸君が道義心予が道義心と相感合協和して成る所なり。諸君が此黨則を編成せしは予が曾て心に銘記したる所のものにして卽ち此黨則は予が精神の共に其編成に與りしものなり、諸君よ、此黨則は予が精神を發表公示するものなれば、予は誓つて此黨則を守り他人の毀誉に拘束せられざるべし、且つ予は務めて予が精神の如く道義に富有なる精神の人と親和交結して我此黨を大にせんとす、
    予は我黨旨を擴張するに親和を以て宗とすべし、敢て敵を求むるが如き言行は爲すべからず、然れども我億兆の兄弟中若し過つて我黨を阻害するときは予は身を以て我黨に許さん予身を我東洋社會黨に許すは諸君に之を許すに非ず、卽ち是れ道義に之を許すなり、予が腦裏に予を制するの君主あらず、予が奉ずる所の君主は一の道義のみ、道義亦予が腦裏を制する能はず、予が精神は即ち道義なればなり、予は之を心に誓ひ以て諸君に示す、

第四章 組織

  • 第七條 我黨は名けて東洋社會黨と稱す
  • 第八條 我黨は同心相聚るものなれば會長又は創立員等の名稱を用ひず
  • 第九條 我黨は全社會に及するのなれば別に本部末部を設けず唯便利により東洋社會と魚何國部何郡部等の名稱を附することあるべし
  • 第十條 我黨は時々各地に於て集合する事あるべし
  • 第十一條 會議入費は其の席出頭者の自辨するものとす

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