和戦を決する者

提供: 日本社会主義文献類聚
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  • 社会主義者幸徳秋水(1911年没)による評論「和戦を決する者」の全文である。
  • 底本:林茂・西田長寿編『平民新聞論説集』岩波書店、1992年
  • 底本の親本:週刊『平民新聞』 第13号 1904年2月7日
  • 用字・仮名遣いは底本に従った。

和戦を決する者

 日本の憲法は、宣戦媾和かうわの大事が天皇の大権によつて決せらるべきことを規定す、しかれども大権のいまだ発動せざるの前、づ、これを決する者あるに似たり、たれか之を決する者ぞ、いはく国民の輿論よろん、あらず、曰く立法部の議員乎、あらず、曰く行政部の官吏乎国務大臣乎、あらず、是等これらの者之をほ怪しむに足らず、しかも実際において宣戦媾和の関鍵くわんけんを握る者は、一種の金貸業者にあらずや、の銀行者となづくる金貸業者にあらずや

 所謂いはゆる政事家、所謂学者、所謂新聞屋、皆な血眼ちまなこになつて叫んで日く、開戦せよ、開戦せざるべからず、開せしむし、開戦するに決せりと、然れども開戦は無代価にて為すを得ざるなり、金なくして為すを得ざる也、而して彼等愛国の志士諸君もまた吾人ごじん平民と御同様に金なきの人々也、開戦を叫びながら一りんの軍資献納をも為すあたはざるの人々也、政府愚なりといへども未だ彼等の指揮に従つて、無資本の戦争を発起ほつきするほどに、無鉄砲なる能はざりき、於是乎こゝにおいてか大臣は銀行者となづくる金貨を饗応きやうおうせざる能はず

 読者は諸新聞紙の所報に依て知らん、嚮来さきごろ首相かつら氏、蔵相曾禰そね氏が連夜全国の銀行者及び資本家をの官邸に招待饗応して、軍債の応募を懇請しれることを、而して彼等銀行者は種々の口実のもとに其出資を渋り居れることを、而して更に大臣は自己の懇請のかれ難きを恐れて、富豪社会に勢力ある井上ゐのうへ松方まつかた両氏にふて之が斡旋あつせんを為さしめ居れることを

 れ彼等大臣が食前方丈はうぢやう美女数十人、もつて幾回の叩頭こうとうを為すも、井上、松方両氏の頭髪更に幾けいはくを加へ、其顔面更に数条のしわを添ふるも、是れ吾人の問ふ所に非ず、而して彼等銀行者が是がめに数億万金をいだし、もしくば一銭一厘をもいださゞるも、亦是れ音人の問ふ所に非ず、然れども日本の宣戦媾和が、一に銀行者の諾否に依つて決せざる可らずてふ一事は、是れ実に厳格シリアスなる問題に非ずや

 彼等富豪の多くは、皆な貨殖にたくみ也、貨殖に巧なりと雖も、而も一国一社会の事に当るに至つては、何の識あり、何の学あり、何の徳あるものに非ず、彼等の進退だ其貨殖の如何いかんかへりみるのみ、一身の利害如何と省みるのみ、曰く、某の内閣我に利あり助けざる可らず、曰く、今の蔵相我に不利也、めざる可らず、曰く公債は短期なれ、曰く額面は低くすし、曰く息銭そくせんは高率を要すと、し彼等の承諾を経るなくんば、政府も議会も民人の輿論も之を奈何いかんと言するなき也、如此かくのごとくにして日本大臣の出処は、一に彼等の為めに左右されざるを得ず、日本の政治は一に彼等の為めに興廃せざるを得ず、日本全国平民の負担は一に彼等の為めに増減せられざるを得ず、唯だ彼等少数階級の利益の為めに、ふところ勘定の為めに、御機嫌ごきげんの為めに......嗚呼あゝ是れ日本国民の日本なる乎、憲法の日本なる乎、少数金貸業の日本には非ざる乎、おもふてこゝに至る、吾人悚然しようぜんたらざらんや

 ひとり日本のみならず、今や世界の政治はこと/″\く資本家の為めに支配せられざるなし、米国のキユバ、比律賓ひりつぴんの戦争も亦資本家の為めに市場をひらくにりき、英国の南阿なんあ攻伐も亦た資本家の利益の為めに煽起せんきせられたりき、露国の仏国にぶるも其資本を借らんが為めに非ずや、英仏の親交におもむけるも、独仏の戦ふ能はざるも、亦皆な銀行者資本家の之を希望しもしくば之を制肘せいちうせるが為めに非ずや、平和も戦争も同盟も分離も、小国論も大国主義も、自由貿易も保護貿易も、一切経済市場の利害を以て之が標準となさゞる可らず、しかして此等経済市場の利害や決して多数平民の利害に非ずして、少数富豪の利害ならざる可らず、しかうしての英気のウイルヘルム皇帝辣腕らつわんのルーズベルト大統領と雖もく之を制するなし、前者の膠洲こうしうを取り、後者のパナマをく、つひに資本家の為めに傀儡くわいらいたるに過ぎざりしに非ずや、而して其結果は如何いかん、彼等列国が各々その外交の成功を発し、領土の膨脹を賀し、国旗の光栄を誇るの間に於て、英国は実に五十万の失業者をいだせる也、米国は日々大小の同盟罷工どうめいひこうに悩みつゝある也、独逸どいつは年々数千の不敬罪の犯人を得つゝある也、露国は平民的革命運動の為めに土崩瓦解どほうぐわかいしつゝある也、嗚呼あゝ是れこひねがふ可きの事なる乎

 而も前車くつがへりて後車其てつみ、日本も亦やうやく資本家、銀行者てふ少数階級の支配のもとに帰し去らんとす、今に於て之がはかりごとを成さずんば、卑陋ひろうなるマンモニズムは一切の学識、技能、道徳を蹂躙じうりんして生民の惨禍実に測る可らざる者あらん、然らばすなはち之を為す如何、唯だ資本家階級の全廃のみ、是れ欧米社会党の大運動ある所以ゆゑんにして、而して亦実に吾人の此主義を絶叫する所以と知らずや

(第十三号 明治三十七年二月七日 一頁 社説)


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