予は如何にして社会主義者となりし乎

提供: 日本社会主義文献類聚
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  • 1903年11月から1904年9月にかけての『平民新聞』の「予は如何にして社会主義者となりし乎」欄、および1905年4月の後継紙『直言』に設けられた「如何にして社会主義者となりし乎」欄に掲載された、当時の社会主義者82人の投書である。万朝報に掲載された金子喜一の『余ハ如何にして社会主義者となりし乎』および内村鑑三の『余は如何にして基督信徒となりし乎』に着想を得た企画と推測されている。
  • 底本:『平民社日記 予は如何にして社会主義者となりし乎』明治社会主義資料叢書2、新泉社、1972年。
  • 初出:「平民新聞」第二号 1903年11月22日

 今や日本に於ける社会主義者は日一日と其数を増しつゝあり、彼等はそも〱如何にして社会主義者となりつゝあるか、吾人は読者諸君と共に其の「如何にして」を知らんと欲すること甚だ切なり、故に今後毎号本欄を設けて我が同志諸君の自白を聞かんと欲す、諸君願はくば、如何なる時に於て、如何なる人、如何なる書、将た如何なる事情境遇に依りて此思想を得たるかを、忌憚なく、修飾なく在のまゝに書き記して吾人に送られよ
 ▲但し此紙面見らる通り甚だ狭きに依り勉て簡単に記されんことを切望す

(『平民新聞』第二号、明治三六年一一月二二日)


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